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ベートーヴェン/ピアノ作品集Vol.2 〜 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

・ベートーヴェン/ピアノ作品集Vol.2
 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)(GLOBE)




<<曲目>>
・ピアノ・ソナタ第7番ニ長調Op.10-3
・変奏曲ヘ長調WoO76
・ソナチネヘ長調
・前奏曲WoO55
・ロンド変ロ長調
・ピアノ小品WoO61a
・ソナチネト長調
・変奏曲WoO77


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 前回の続きで、トゥルーデリーズ・レオンハルトさんのGLOBEへの最新盤のうち、ベートーヴェンのピアノ作品集Vol2.を聴きました。冒頭にピアノ・ソナタ第7番が収録されているほかは、通常はほとんど演奏されない曲たち(キンスキーとハルムのつけたWoOの番号つきのもの)がカップリングされています。その中の曲にはレオンハルトさん自らが書いたライナーノートにもあるように「偽作」とも考え得る作品さえあります。

 そんな普通は誰もやらないようなまさに「落ち穂拾い」ともいうべき選曲は、シューベルトとベートーヴェンの知られざる小品を数多く録音してきたレオンハルトさんならではのものに違いありません。

 ここで私は「落ち穂拾い」という言葉に注目したいのですが、こうやってレオンハルトさんが「穂」をせっせと「拾う」のとは裏腹に、「穂」を「落とす」「無視する」人たちもいるというか、そういう人たちがほとんどである訳です。ここに収められた小品のような「穂」を「落とす」方の論理からすると、例えば、「若書きであるがために音楽的に未熟」「規模が小さく取るに足らないもの」「娯楽的な作品で価値が低い」などいろいろな理由があって「落とす」のでしょう。何と言っても、ソナチネアルバムに収録されるような(そして私も習った)、技術的にも「易しい」曲まで収録されているのですから。

 であるからこそ、こうした曲たちが演奏されるのは、例えば「大全集」のために録音されるような機会に限られ、大体は無名の若手演奏家や職人的な手腕を持つ演奏家が、事務的にソツなく演奏するような状況しかあり得ないのではないでしょうか。

 その一方で、こうした小さな曲たちを前にするレオンハルトさんは、最大限の愛情を持って愉しげにこれらの曲たちと戯れ、ベートーヴェンとあたたかい会話を交わしているかのような姿勢を見せてくれています。時折微かに聴こえてくるレオンハルトさんの声も、音楽と真摯に向き合っているからこそ自然に発せられたものなのだろうと思えてくるくらいです。例えば、重厚長大な音楽こそ価値の高い音楽と考える人からすると、彼女のこうした音楽への没入は奇妙に思えるかもくらいに、レオンハルトさんの音楽への取り組みは熱くて深い。そして、「ほら、この曲のこの部分にも、あの部分にも、こんなに素晴らしい瞬間があるでしょう?そして、この音楽の向こう側にはあなたと同じ『人間』がちゃんといるでしょう?」という彼女からの問いかけが聞こえてくるかのようです。

 そうした彼女の姿勢は、何よりもベートーヴェンという大作曲家への愛情と敬意から来ているものに違いありませんが、それ以上に、どんな対象にでも「公平に」「公正に」絶対的な価値を認めて受け容れ、そして「愛する」のだというレオンハルトさんの心のありようがその根底にあるような気がします。

 これは言うは易しで、実際に行うには大変な困難がある。自分以外の存在をそうやって受け容れ、愛するためには、きっとそれができるだけの度量の大きさがなければならないでしょうし、忍耐力や包容力だって必要で、きっと並大抵のことでできることではないだろうと思います。

 私がレオンハルトさんという音楽家を心から好きなのは、その演奏がただ音楽的に素晴らしいというだけでなく、そんなふうにどんなに小さなものにでも価値を認めて愛情を降り注いでくれる「大きさ」「あたたかさ」に触れられるからです。自分が本当にちっぽけでまったく価値のない人間に思える時、自分のことが心底嫌いになった時、彼女の演奏にある「愛情」に包まれていると、それでも自分を受け容れてくれる存在がある、ならばこの人生を生きる意味がまだあるのではないかという気がしてくるのです。だから、以前のエントリーが書いたように、彼女の演奏は、私にとってのセラピストであり、カウンセラーであり、あるいはまるで母親のような存在である訳です。

 たかがベートーヴェンの小品で何をそんな大袈裟なと言われてしまうかもしれませんが、今回の新録音も本当に私にはかけがえのない大きな意味を持つ演奏で、心から愉しみ、音楽を聴くことと生きることの幸せを味わいました。

 個々の曲について言えば、まずピアノ・ソナタ第7番。モダン・ピアノで聴き慣れた耳には、その鄙びた雰囲気に最初は違和感を覚えましたが、すぐに耳が慣れて、その滋味深い音の運びに心が和んでいくのを愉しみました。と同時に、「ハンマークラヴィーア」のアダージョや、後のシューベルト(特にソナタの第20番)を予告するような第2楽章の深く、痛みを孕んだ音楽からは、孤独と哀しみを知り尽くした人からしか決して生まれ得ない静謐な内面の声が聴き取れて感動的でした。

 他の小品たちもいずれも上記で述べたようなあたたかさをもった音楽で、私が小学生の頃に習った懐かしい2曲のソナチネ(偽作らしい)も、愛らしくて実に格調高いもの。こういう演奏をお手本にしていればと後悔しているくらいです。

 ああ、ほんとにいい音楽を聴かせてもらいました。そして、明日も頑張ろうと勇気をもらいました。レオンハルトさんに心から感謝したいです。

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  • 2017.06.25 Sunday
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