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2019.06.03 Monday

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    マーラー/交響曲第9番 〜 バーンスタイン/IPO(1985.9.3) 

    2008.02.05 Tuesday

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       1985年9月3日、私は大阪フェスティバルホールの2階客席にいました。この日、レナード・バーンスタイン指揮するイスラエル・フィルの演奏で、マーラーの交響曲第9番ニ長調を聴いたのです。

       既に伝説と化した演奏で、多くの人がそれぞれの思い出を語っていますが、私も、ブログを立ち上げたのを機に自分なりの思いを文章にしておきたいと思います。

       当時の私は、既にバーンスタインの熱狂的なファンでした。彼の演奏がどんなものかは、ディスクや映像を通してそれなりに知っているつもりでした。

       

       しかし、彼のナマ、しかも得意のマーラーを聴くのは、何もかもが特別で衝撃的な体験でした。

       オケのチューニングが終わってから、非常に長く緊張した時間を息を呑んで過ごした後、ゆっくりと堂々とした足取りでバーンスタインが舞台に現れました。彼は拍手に答礼し、指揮台上で祈るような仕草を見せてから徐にタクトを上げ、演奏は始まりました。

       冒頭のチェロが奏する「不整脈」のシンコペーションに次いで、「ため息」のような第2ヴァイオリンの主題がゆったりと陶然と奏でられた時から、深く永遠に続くかと思えるような極限の沈黙を生み出した最後の音が消えるまで、ある時は慟哭し、またある時は止まったかのような時間の中で深く沈潜し、そしてやがて訪れる死への恐怖に悶え苦しみながら身を焦がし、といったふうに、バーンスタインとオケが一体となって、スコアにこめられたありとあらゆる感情を、ものすごいダイナミズムをもって強烈に表現するさまは凄絶そのものでした。

       そして、希望と絶望、慰めと恐怖と言った、音楽が内包するあらゆる対立要素が、激しい葛藤の中でぶつかり合ってものすごい力を放射しながら「生への渇望」へと収斂していくさまを目の当たりにするのは、とてつもない「事件」にリアルタイムで立ち会っているかのようでした。ある高名な評論家がバーンスタインのマーラーの9番の演奏を評して、「人間が死を前にしてこれほど恐怖でのたうちまわるのなら、人間は何と呪われた存在なのか」と書いていましたが、本当にそう思わずにはいられない演奏だったと思います。

       あの日、そんな演奏を客席で聴いていた時は、その凄まじい音楽の力の放射に、私はただただ圧倒され夢中になっているばかりでしたけれども、今になって「あの時の体験が私にとって何だったのか」を振り返って総括してみれば、音楽には人間の精神の営みをこれほど豊かに雄弁に表現する力があるのだということ、そして、バーンスタインが生前しばしば口にしていた音楽の「無限の可能性」に気づくことで、音楽を通して「人間としてあることの素晴らしさ」「生の実感」を得ることができるのだ、ということを教えてもらいました。まさに啓示とも言うべき体験だったと言えます。

       あの難曲をほとんどノー・ミスで演奏しきったオケも神々しいばかりでした。特に、有名な「イスラエル・フィルの弦」のこぼれんばかりの美音には本当に感動しました。

       

       バーンスタインの、何者かが憑依したかのような没我の指揮姿も忘れられません。第3楽章のコーダの最後で見せた有名な「レニー・ジャンプ」や、第4楽章のクライマックスで2階客席にまで響きわたった、バーンスタインの唸り声と指揮台を踏みつけた足音も未だに私の記憶に焼きついています。そして、最後の音が消えてから拍手が起こるまでの客席の長い長い静寂!!指揮者、オケ、聴衆が一体となって作り上げた「名演」だったと思います。

       私は、あの日以降、これほど濃密な音楽体験はさほど多くは持っていませんし、今後もそう滅多にこんな凄い演奏に出会えるとも思っていません。でも、悲しくはありません。こんな素晴らしい演奏の場に居合わせたというということは一生の宝だし、私にとって、その体験の価値は一生変わらぬものだと信じているからです。

      ・・・・

       さて、実は、私は「あの日」の演奏に最近「再会」することができました。当日のイン・ホール(膝上)録音が収められたCD-Rを購入したのです。

       私にとってかけがえのない「思い出」に再会できるということで、嬉しさと怖さが半ば入り混じった複雑な気持ちになってしまい、購入したのは良いものの、なかなか聴く気にはなれませんでした。

       しかし、「禁断の果実」を毎日目の前にしていると、どうしても「聴きたい」という気持ちが抑えきれなくなる時が来るもので、思い切ってあの演奏を聴くことにしました。

       ところが、実際に聴き始めてみたら、何やらおかしいのです。

       ディスクのジャケットに記された演奏時間を見て若干危惧はしていたのですが、ピッチがほぼ半音高くなっていて、「テンポ」もその分早くなっているようなのです。冒頭が嬰ニ長調、そして第4楽章がニ長調になっていては非常に気持ち悪いですし、第3楽章のコーダも実際に確かに凄まじい追い込みでしたが、人間業ではあり得ないような速さになっています。

       そこで、このピッチ上昇が、テープの再生速度のミスマッチが原因と仮定し、PCにCDのデータを取り込んでフリーソフトでピッチと再生速度を変換した上で、再度WAVデータとして保存してみることにしました。さほど手間もヒマもかかりません。

       その結果、同時期に演奏されたアムステルダム・コンセルトヘボウ盤と比べ、デッドなホールのせいか第1,2楽章のテンポが若干早めになっていること、第3楽章は中間部がやや遅めだがコーダ近くがかなり早くなっていること、第4楽章がより粘りに粘った演奏で演奏時間がかなり長くなっていること、などから、当時の私の記憶と重なる現実味のある「演奏データ」を作ることができました。

       そうやって改めて聴き直してみると、私があの時に聴いた演奏が、いかに人間の心の葛藤や軋みを凄絶に表現したものだったのか、そして、その演奏の記憶が私の中で過度に美化されずこともなく、いかに価値のある体験として刻み込まれたのかを、まざまざと思い知った次第です。

       この録音が残っていたことに心から感謝したいと思います。

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      2019.06.03 Monday

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        コメント
        こんにちは。
        この年のバーンスタイン&IPOの名古屋公演を聴いていました。
        記憶が随分遠のいていますが、第4楽章アダージョに痺れたことを思い出しました。

        まだ高校生だった私にある意味運命的なものを感じさせた演奏でした。
        あの演奏を聴いていなかったら、音楽がここまで好きにはなっていなかったかも、、、と思います。

        あの演奏がCD-Rで出たのですね。
        nailsweetさん、こちらでははじめまして(かな???)

        TB、ありがとうございました。
        当エントリを読ませていただき、当日の感動がさらに鮮明に思い出された感じです。
        カセットは、機種によって回転数の誤差がけっこうありましたね(特にワン・モーター)。
        友人に借りたテープを自宅で再生すると、ナレーションの声が早回しみたいになってたり遅回しになってたり・・・ということが時々ありました。
        この音源も、収録時の機種とディスク化する時の機種とで回転数に違いが生じたのでしょうか?

        ところで、名古屋盤も買いましたが、そちらはまだ聴いていません。
        ピースうさぎさま
        コメントありがとうございます。

        > この年のバーンスタイン&IPOの名古屋公演を聴いていました。
        > 記憶が随分遠のいていますが、第4楽章アダージョに痺れたことを思い出しました。

        私が聴いた2日後の演奏会ですね。

        > まだ高校生だった私にある意味運命的なものを感じさせた演奏でした。
        > あの演奏を聴いていなかったら、音楽がここまで好きにはなっていなかったかも、、、と思います。

        私と同世代の方なんですね。あの時、私も高校生でした。
        そして、やはりあれを聴いたから今の自分があると思っています。

        > あの演奏がCD-Rで出たのですね。

        はい。りゅうさんもコメントされていますが、
        名古屋公演もCD-Rで出ていますよ。
        親父りゅうさま
        コメントありがとうございます。

        それから、勝手にTBさせて頂きましたがありがとうございました。

        > この音源も、収録時の機種とディスク化する時の機種とで回転数に違いが生じたのでしょうか?

        そうだと思います。
        ヒス・ノイズにワウ・フラッターは感じられなかったし、
        音のヨレもなかったので、テープの経年変化ではなく、
        機種依存のテープ走行速度のミスマッチが起こった、と。

        > ところで、名古屋盤も買いましたが、そちらはまだ聴いていません。

        はい、実は私も、です。
        冒頭だけ聴いてみたのですが、こちらもピッチが高そうです・・・。
        お邪魔いたします。
        バーンスタインとIPO のマーラー9番。
        当時大学2年の私は、帰省中の実家からNHKホールへ赴きました。(9月8日 日曜日でした。)
         早めに会場近くに着くやいなや、右翼の諸君の街宣車と思しきクルマが耳をつんざくようなけたたましい音量で、「今夜行われる公演を指揮するバーンスタイン氏は○▲■・・・パレスチナが■○▲・・・」  内容は覚えていませんが、公演を中断せよ! といった意味の檄も飛ばしていたようです。
         そのせいか、NHKホールの上手・下手に一人ずつ、屈強なSPと思われるオッサンが睨みを効かせてドーンと立っていました。(開演から終演まで居たと思います。)

         ところで、この日の録音も存在するのでしょうか。
        是非聴いてみたいです。




         
        • by ストロハイム
        • 2008/02/25 9:09 PM
        ストロハイムさま
        コメントありがとうございます。
        IPOの来日公演は毎度警備が大変みたいですね。私が聴いたバーンスタインとの大阪公演では、私は気がつきませんでしたが、私服警官がホール中に配備されていたそうです。
        バーンスタインが「今までに聴いた最高のマーラー」と自画自賛した8日の公演を聴かれたのですね。当日の膝上録音は残っているそうなので、そのうちディスク化されるかもしれませんね。私も聴いてみたいです、正確なピッチで。
        はじめまして。

        1985年9月3日、フェスティバル・ホール
        18歳の私も居合わせておりました。
        この日は来日初日で、音楽評論家の吉田秀和氏も東京から来てたそうです。

        とにかく、強烈に印象に残っているのは
        当時67歳のバーンスタインが放つ”オーラ”
        スーパースター、カリスマだけが持てるもの、そして
        第1楽章冒頭のまるで彼岸から聞こえてくるような弦の美しさです。

        1990年の最後の来日はもはや死の直前だったことを考えると
        この1985年がバーンスタインを聴ける最後の機会だったので、
        私には生涯忘れられない思い出です。
        • by 影の王子
        • 2010/12/12 2:45 PM
        お久しぶりでございました。

        何と、残っていないだろうと思われていた録音
        が今頃になって出るようです。

        そうです、9月8日の演奏です(らしいです)

        金欠なので来月に購入しようかと思います。


        https://www.bakuendo.com/products/list?tag_id=2
        • by ストロハイム
        • 2017/02/08 6:14 PM
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        大晦日ですね。 昨夜は、思い入れのある演奏を聴きました。
        • 親父りゅうのつぶやき横丁
        • 2008/02/05 7:14 AM
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