【ディスク 感想】J.S.バッハ/鍵盤練習曲集第2巻 (イタリア協奏曲、フランス風序曲)  バンジャマン・アラール(Cemb)

2011.06.29 Wednesday

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    ・J.S.バッハ/鍵盤練習曲集第2巻
     (イタリア協奏曲、フランス風序曲)
     バンジャマン・アラール(Cemb)(Alpha)
     →詳細はコチラ(HMV/Tower)



     シギスヴァルト・クイケン率いるラ・プティット・バンドのメンバーとして来日中の鍵盤楽器奏者バンジャマン・アラールの弾くバッハのチェンバロ作品集を聴きました。鍵盤練習曲集第2巻、つまり、イタリア協奏曲とフランス風序曲の2曲からなるアルバムで、2010年5月にパリで録音されたアルファ・レーベルの新譜です。

     前作「パルティータ」がとても気に入り、その後、フランソワ・フェルナンデスと組んで演奏したバッハのヴァイオリン・ソナタ全集がこれもまたふるいつきたくなるくらいに魅力的な演奏だったので、今回の新盤もとても楽しみにして聴きました。

     アラールには「愉しいバッハ」の演奏を期待していましたが、期待はまったく裏切られませんでした。50分に満たない収録時間の短いアルバムですが、まさに至福のひとときとも言うべき愉悦感に満ちた時間を過ごしました。

     聴きながら、なぜ彼の演奏を愉しいと感じるのだろうかと考えました。

     まず、アラールの弾くチェンバロの音がたまらなく美しい。きらびやかでありながら、決して華美に過ぎず、気品のある佇まいをたたえた音色は、ただただ耳のごちそう。録音が美しいということもあるのかもしれませんが、デジタル初期によくあったハイ上がりのチャラチャラした薄っぺらい音ではなく、本物をすぐそばで聴いた時のようなボディを持った実在感のある音が、耳から私の心へとまっすぐに訴えかけてくる。

     次にアラールの作り出すリズム。激し過ぎず、柔らか過ぎず、ほどよく弾むリズムと、ほどよく切れ味のあるアーティキュレーションが、とにかく心地良い。全曲を通して、極端に走ることがまったくなく、新鮮さと落ち着き、若々しさと成熟、人懐っこい笑顔と厳しい表情といった相反する要素をすべて併せ持ったような不思議な感触の音楽が聴こえてきます。

     しかも、かと言って、アラールの演奏は決して「中庸」の音楽ではありません。平均点とか、ウェルバランスの演奏とか、そんな印象はありませんし、ましてや「平凡」「優等生的」というような言葉とも無縁の強い感銘を受けました。

     では、アラールの演奏の何がこれほど私の心を動かしたのか。

     その答えは、まだ仮説でしかありませんが、アラールの演奏にある「微妙なゆらぎ」だと考えています。つまり、アラールの演奏は、一見ごくごく普通の平凡な演奏に見えながらも、実は、細かいところにいろいろな「仕掛け」があって、それが常に私の「生体リズム」にぴたっとハマる「ゆらぎ」を持っているのだろうと思います。

     つまり、彼のとる「リズム」は、当然のことながら一定間隔の「パルス」に基づいていますが、人間が弾く以上はこのパルスの発生間隔にはある程度の不均一性があり、時間軸方向に「ゆらぎ」があります。この「ゆらぎ」が私の脈拍など「生物」として持っているリズムの「ゆらぎ」と共鳴し、私の脳内に心地良い刺激が生まれているのではないか。音楽に常に「ゆらぎ」が存在することによって、私の脳が、規則正しさへの期待を心地よく裏切られ、ほどよく活性化する。アラールの演奏を聴いている私の脳波を測定してみれば、α波がたくさん出て、とてもリラックスしながら心地良い刺激を楽しんでいることが裏付けられるのではないか、とそんな風に感じました。

     もしここで、アラールの演奏にある「ゆらぎ」、ある種の「不均一性」が、その私の生体リズムのゆらぎから大きく外れ、期待の裏切り方が大きすぎると恐らくリラックスするどころか神経が疲れ切ってしまうでしょう。また、「ゆらぎ」が小さすぎると、私の脳は反応せず、非常に単調な音楽に聴こえてしまうことでしょう。

     だから、アラールの演奏の「ゆらぎ」は、まさに私のもっている「ゆらぎ」と非常に親和性があるという気がします。勿論、彼ほどの才能を持った演奏家と、凡人以下の私とは人間の出来がまったく違いますし、国籍も、年齢も、学歴も、何もかもが違いますが、「人間」として普遍的に持つ属性だけに着目すれば、彼と私の間に相通ずるものがあるのではないかと思うと、何だか嬉しい。アラールがちょっと近しい存在になったかのような気がする。

     そうすると、アラールだけじゃなくて、バッハという人に対しても何だか親近感が湧いてくる。ああ、音楽の父バッハも、私とおんなじ生体リズムのゆらぎをもった「人間」なんだと。

     だから、アラールのバッハは、聴いていて愉しいんだろうなと思いました。前述の通り、仮説に過ぎませんが、今の私にはとても納得のいく仮説ではあります。

     このアルファレーベルからのアラールのバッハ、「鍵盤練習曲集」としての録音が続くようであれば、そのうちにゴルドベルク変奏曲などの名作をそのうち聴くことができるのかもしれません。どうか、アラールが、自身のもつ「ゆらぎ」を大切にしながら、また素晴らしいバッハを続々と聴かせてくれることを期待してやみません。

     その前に、ラ・プティット・バンドの来日公演、アラールの弾くブランデンブルグの5番、聴きたい・・・。

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    2019.08.15 Thursday

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      コメント
      バッハの新曲です。
      イタリア協奏曲第2番です。
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