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バーンスタインのこと(1990年7月東京)



 先日、レナード・バーンスタインの初期録音のBOXセットを入手しました。1950年代前半にニューヨーク・スタジアム響(実体はニューヨーク・フィル)を指揮した有名交響曲集で、「英雄」「新世界」「悲愴」「ブラ4」「シューマンの2番」が収録されており、さらに当時バーンスタインが録音したそれぞれの楽曲の解説も併録されています。私は、その中で、バーンスタインが生前最も得意としていたシューマンの交響曲第2番から聴きました。その第3楽章のアダージョを聴いていて、彼の最後の来日の時のことを思い出さずにいられませんでした。
 その時バーンスタインは、自身が提唱した若い音楽家への教育を目的とした札幌での第1回パシフィックミュージックフェスティバル(PMF)のために来日し、音楽祭終了後に帯同してきたロンドン交響楽団やPMFオーケストラと東京や大阪で演奏会を開くことになっていたのでした。

 あれは、「異常気象」とも言われた、とても暑い夏のことでした。

・・・
■1990年7月14日 サントリーホール前のチケット売り場にて
 私はその日、バーンスタイン指揮PMFオーケストラのシューマンの交響曲第2番を聴きたくて、朝早くから当日券売り場に並んでいました。すると、チケット発売時刻が近付いて来た頃、関係者の方が「バースタイン氏急病のため指揮を大植英次氏に変更します」と書かれた紙を掲示しました。私は心配になって「そんなにバーンスタインの体調は悪いのですか?」とその方に質問したら、「今朝ホテルで血を吐いて倒れていてドクターストップがかかり、すぐに帰国されることになりました。以降の公演も指揮者変更になります。」という答えが返ってきました。私はすっかり動揺してしまって演奏会を聴く気にもなれず、不安な気持ちを抱えて帰宅しました。そして、私はその2日前と4日前のことを生々しく思い出していました。

■1990年7月10日 サントリーホール、12日 オーチャードホールにて
 前述の指揮者交代となったPMF演奏会の直前、私はバーンスタインとロンドン交響楽団の東京公演を聴いていました。曲目は両日とも以下の3曲でした。 

 ・ブリテン/歌劇「ピーター・グライムズ」から4つの海の間奏曲
 ・バーンスタイン/ウェストサイドストーリーからシンフォニック・ダンス(大植英次指揮)
 ・ベートーヴェン/交響曲第7番

 もともと12日はブルックナーの交響曲第9番のみのプログラムでしたが、バーンスタインの体調不良で準備期間がとれないとのことで両日とも同じプログラムに変更。さらに、10日の演奏会当日になって「ウェストサイド」の指揮が弟子の大植英次に変更になりました。(会場で一部聴衆と主催者側との間で騒ぎが起こったのは記憶に新しいところです)

 上記2回の公演は、ブリテンでこそDGのマーラー全集を思わせるような心の底への深い沈潜に感動しましたが、メインのベートーヴェンの7番は、両日とも何とも形容のしがたい異様な演奏に戸惑ってしまいました。50分近くもかかろうかという異様なスローテンポ、彼独特の局所的なデフォルメありと、私たちが日ごろ聴いている、「舞踏の神化」とも評されるリズミックな「ベト7」とはおよそかけ離れたグロテスクとさえ言える演奏でした。サントリーホールの公演では客席からバーンスタインの表情を見ながら聴いていたのですが、彼は時折苦悶に顔をしかめ大粒の汗をかきながら音楽と格闘しているかのようでした。尋常ではない腹部の膨らみのせいもあってか、彼は指揮棒を振るのがやっとというくらいに動きが鈍くて痛々しく、私は「これがあのレニーなのか?」と目を疑ってしまったくらいです。

 そんなベト7を聴いて、私は、それでも、彼の演奏を「生の賛歌」だと感じました。当時つけていた日記にもそう書いたと思います。なぜなら、テンポを遅くとってすべての音符を「歌いきる」ことによって、曲の根源にある「生命力」を明らかにしようとしていたのではないかと思ったからです。そして、少しでも長い時間、聴衆と音楽を分かち合いたいという意志の表れだったのではないかと思いたかった。ですが、現実は、体調が悪いのを無理してやったら結果的にそういう演奏になったというのが事実でしょうから、今は、あの時のベト7は「生の賛歌」であるよりは、その裏返しで彼自身の「生への渇望」だったのだろうと認識を改めています。勿論、私自身があの日あの場所で感じた感覚は、たとえ間違っていようとも私個人のものですから大事にしたいと思っていますけれども。

■1990年7月12日 オーチャードホール演奏会終了後 楽屋口にて
 さて、オーチャードホールの演奏会が終わって、私はマーラーの交響曲第9番のスコアを持って楽屋出口へと向かいました。体調の悪そうなバーンスタインを目にしていたのできっと無理だろうとは思いつつ、そのスコアにサインをしてもらいたいと思って持って行っていたのです。

 予想通り、彼はなかなか姿を現しませんでした。楽屋からシャットアウトされた人の話が聞こえたのですが、「彼は憔悴しきっていて動けない状態で、タバコを吸ってウィスキーをがぶ飲みしているらしい。」とのことでした。やはり相当に体調が悪かったのだなあと思いました。そんな状況なのでサインをもらうことは諦めましたが、それでも、何とかバーンスタインの姿だけでも見たいと思ってずっと待っていました。

 待ち始めて30分くらい経った頃でしょうか、楽屋口に背の高い男性の肩に手を載せ、ヨロヨロと歩いてくる小柄な老人の姿が見えました。そう、その人こそ、レナード・バーンスタインその人だったのです。暗かったのであまりよくは見せませんでしたが、顔面蒼白で魂が抜けてしまったかのような表情をしていました。その瞬間、出口を囲んでいたたくさんのファンは息をのみ、何の言葉も出せずに立ちすくんでしまいました。やはり「これがあのレニーなのか?」かと同じことを皆が思っていたに違いありません。

 凍りつくような沈黙の中、私は思わずバーンスタインに向ってひとり拍手を始めました。すると他の人も同調してくれて拍手の輪がだんだん広がっていきました。バーンスタインは弱々しく微笑み軽く手を振りながら答えてくれました。そして、巨大なリムジンが、私たちの愛する「レニー」を連れて去って行きました。

 それが、私たちとバーンスタインとの「永遠のお別れ」になるのではないかという哀しい予感は的中してしまい、その年の10月に彼はこの世を去りました。

 後で詳しく事情を知ったのですが、当時彼は既に不治の病を抱えており、死期が迫っていることをはっきり自覚していたのだそうです。しかし彼は、愛する音楽の喜びを、愛する人たちと分かち合うため病身を押して来日していたのです。演奏会で自作の指揮を弟子に任せたのも相当に体調が悪かったからですし、演奏会の休憩時間には酸素マスクをつけて呼吸を整えていたのだという話も聞きました。

 その5年前に聴いたマーラーの9番の実演の時とは全然状況は異なりますが、バーンスタインは「音楽には無限の可能性がある」、そして「そんな素晴らしい音楽を持つ人間の人生は生きる価値のあるものなのだ」ということを、それこそ命がけで教えてくれたような気がします。

・・・

 最初に紹介した初期録音CDのシューマンの2番に関する解説では、第3楽章アダージョのクライマックスの音に被って、「この部分のシューマンのオーケストレーションは"奇跡"です。一切手を加えるべきではありません。」と語る35歳のバーンスタインの声が聴こえてきます。その熱く若々しい声を聴きながら、札幌のPMFで若い音楽家を相手にしたリハーサルで同じ箇所を指揮しながら「クレッシェンド、クレッシェンド!!」と必死に叫んでオケから熱い「音楽」を引き出そうとしていたバーンスタインの映像の鮮烈な記憶が重なり、さらに東京で聴いたバーンスタインの命がけの演奏会の記憶もが交差して、深い感慨に浸らずにはいられませんでした。

 音楽に命をかけるまでに没入して人生を燃焼しきったバーンスタインの姿を思い出すにつけ、自分もその何百分の一いや何千分の一でもいいから、何かに熱中して没入して「燃えたい」なんて思ったりします。実際は、くたびれた中年の道をひたすらまっすぐに歩んでいますけれども。

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