【ディスク 感想】モーツァルト/ピアノ・ソナタ集 〜 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

2012.01.03 Tuesday

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    ・モーツァルト/ピアノ・ソナタ集
     トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)(Musica Omnia)






    <<曲目>>
    ・幻想曲ハ短調&ピアノ・ソナタハ短調K.475
    ・ピアノ・ソナタ変ホ長調K.282
    ・ピアノ・ソナタヘ長調K.332


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     私の神戸の実家の近くに、行きつけの珈琲専門店がありました。カウンター席が5つくらいと、数台のテーブルにせいぜい10人くらいが座れるような狭いところなのですが、何より珈琲がうまい。香りがいいので、すぐに飲んでしまうのがもったいなくて、一口ずつ立ち昇る豆の香りを楽しみながらチビチビ飲む。それが何より至福の一時でした。店内も和風で木目調の調度品と、壁に架けられた小さな版画が落ち着いた雰囲気を醸し出していて、カフェでも、喫茶店でもなく、珈琲専門店としか呼びたくないような雰囲気で、とてもいい空気の流れているところでした。

     そして、店長さんが実に美しい女性でした。多分、私とさほど歳は変わらない方でしたが、何より柔らかい微笑みが印象的な人。彼女に魅せられたのは私だけではなく、近所のおじさん達も彼女のファンらしく、いつ行っても常連さんらしき人たちが彼女との会話を楽しみながら珈琲を味わっていました。

     店内では、BGMとしてクラシックが控え目に流されていました。バッハやクープランのチェンバロ曲や、ショパンなど、鍵盤音楽がかかっていることが多かった。うるさすぎず、かと言って、サラサラ流れるだけの皮相な音楽でなく、まさに珈琲の香りと混然一体となってじっくり味わいたいと思えるような音楽が選ばれているのも、私にはとてもポイントが高かった。

     トゥルーデリーズ・レオンハルトさんの新譜ディスクを聴きながら、私はその神戸のお気に入りの珈琲専門店のことを思い出していました。

     件の新譜の内容は、モーツァルトの幻想曲K.475、ピアノ・ソナタK.475、K.282、K.332の4曲。使用したフォルテピアノは、最近とみに注目を浴びている名匠ポール・マクナルティの手でコピーされた1795年アントン・ワルター製のコピー楽器。2010年8月、レオンハルトさんが住んでおられるスイスのサン・シュルピスでの録音で、プロデューサーは御子息のミヒャエル・アムスラー氏、リリースはこれまで彼女の録音を多く手掛けてきたGLOBEではなく、アメリカの古楽系レーベルMusica Omnia。レオンハルトさんというと、これまで録音して来たのはほとんどがシューベルト、その他はベートーヴェン、シューマン、メンデルスゾーン、フィールドの作品があるくらいで、これでようやく5人目の作曲家の録音となります。

     前半2曲は共にハ短調の悲劇的な響きを帯びた音楽、そして後半2曲は平明で明朗な音楽が集められていて、それが見事なコントラストを示していますが、全体を通してレオンハルトさんは、これまでも折に触れてモーツァルトの音楽を弾き込んで来たに違いないと思わずにはいられないほどに、じっくりと練り上げられた柔らかい音楽を聴かせてくれます。マクナルティ製作のフォルテピアノも、そんなレオンハルトさんの嗜好を具現するにはうってつけのあたたかい音色を持ち、しかも破格とも言えるほどにニュアンスに富んだ彩りがあって、聴いていて実に耳が愉しい。

     そして何よりもツンとすましたような、気取ったところがないのが素晴らしい。彼女の音楽への対峙の仕方は、シューベルトを弾く時とは音楽の距離感が違っていてるようで、もっとシリアスで厳しい態度を感じ、彼女の音楽への愛情以上に敬意を見るのですが、そこにはいつもモーツァルトの音楽への深い共感があるからなのでしょうか。

     そんな彼女の弾くモーツァルトは、今風の言葉で言えば、セレブばりの豪華な家で、むやみと高価なオーディオセットから厭味ったらしく流れているような、あるいは、息苦しくて窒息しそうなくらいに重々しい静けさに溢れた名曲喫茶で恭しく再生されているような、高級な飾りとしての音楽なんかじゃない。まさに前述のような、私が大好きだった神戸の珈琲専門店のような、柔らかくてあたたかい空気が流れている場所でこそ聴きたいと思えるような音楽でした。いや、あるいは、その店の美しい女性店長さんが、客に合わせて選んだコーヒーカップに、一杯一杯丁寧に心をこめて淹れてくれた香り高い珈琲そのもののようにも思えました。

     まずカップから立ち昇ってくる香りを味わい、それを口に含んでいると、珈琲豆の苦み、酸味、そして甘みが広がって複雑な味わいが感じられる。丸く角のとれた柔らかい刺激が、いつしか私の心の奥へと伝播していき、私の心はえも言われない幸福感に満たされる。香り立つ珈琲の湯気の向こう、カウンターの奥にはあの美しい店長さんがいて、私たち客の愚痴や下らない世間話を嫌な顔もせずにうんうんと聞き、「これを飲んで元気出して下さいね」とニッコリこちらに微笑みかけてくれている・・・・。

     そんな光景の中にある珈琲の味を思い起こしながら、レオンハルトさんの弾くモーツァルトを心ゆくまで愉しみました。何という幸福な味わいでしょうか。最近、ある人が「私は自分の心に寄り添ってくれる音楽が好き」と言うのを聞いてとても深く共感したのですが、レオンハルトさんの弾くモーツァルトはまさにその「私の心に寄り添ってくれる音楽」だと言って良いのかもしれません。

     勿論、そんなのは私のひとりよがりな感想に過ぎません。こんな感想をレオンハルトさんに話したら、きっと大笑いされてしまうに違いありません。でも、いいのです。誰のものでもない、借り物ではない紛れもない私自身の感覚なのだから、それがどんなに間違っていようと、どんなに独善的であろうと、事実私の中で起こったものなのだから、どうにもならないのだと開き直ることにします。

     年明けに聴くディスクとして、とても良いものを聴けたと満足しています。素晴らしい音楽を聴かせてくれたレオンハルトさんに、そしてモーツァルトに感謝です。彼女は既にモーツァルトのディスクは続編が録音済みとのことで、早くそれもを聴けるのを楽しみにしています。
     
     ところで、その珈琲店は、数年前にリニューアルされ、私のマドンナたる店長さんは別の人に代わっていました。最後に行った時には、「私は特別なことがない限り、ずっとこの店でやっていきますから、また来て下さいね」と言ってくれたのですが、よほど特別なことがあったのでしょうか。とても淋しい思いがしました。彼女が今どこで何をしているかは知らないのですが、どこか別の街で、このレオンハルトさんのモーツァルトのように人の心に寄り添うような、おいしい珈琲を淹れてくれていたらいいなあ、また彼女の珈琲を飲みたいと思いました。

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    2018.05.25 Friday

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