【私の好きな歌・10】アメリカ民謡/峠の我が家

2012.01.08 Sunday

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    ・アメリカ民謡/峠の我が家
     サリー・テリー(Ms)
     ("songs of the american land"所収)
     →詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)



     昨年、日本で一番歌われた歌というと、私のまったくの体感温度でしかないのですが、恐らく「上を向いて歩こう」なのではないかと思います。テレビでもしょっちゅう聴き、坂本九主演の映画まで放映されていましたし、各地で開かれたチャリティ・コンサートでもよく歌われていたようです。また、昨秋、由紀さおりが出した「1969」というアルバムが全米のヒット・チャートにランクインされ、「上を向いて歩こう」以来の快挙と賞賛されたこともあり、とにかくかつてないほどにホットなリバイバル現象でした。(その割にCDや配信でヒットしたという話は聞きませんが)
     
     ところで、その「上を向いて歩こう」が全米でヒットした際は、よく知られているように「スキヤキ」というタイトルの歌としてEPが発売されました。歌詞も当然英語ですが、あの永六輔の歌詞とは似ても似つかない陳腐なラヴソングだったようで、「スキヤキ」としてこの曲を知っているアメリカ人は、日本人はどうしてこんなラヴソングで励まされているんだろうと不思議に思っているのかもしれません。(例えば、来日公演のたびに必ず、「マイ・ライフ」か「ピアノ・マン」の前奏でこの曲か「さくらさくら」を弾くビリー・ジョエルとか)

    ※英語以外に訳された歌を聴くと曲の途中で"Sukiyaki"という言葉が頻出、"Nagasaki"という言葉が聞かれるバージョンもあり、一体どんな訳なんだ?と興味が湧きます。

     日本の「上を向いて歩こう」が、アメリカでは「スキヤキ」となりまったく別の歌詞を持つ曲になったのと逆のパターンは、たくさんあります。アメリカのヒット曲が日本人アーティストによってカバーされるような場合は当然ですが、例えば、私の好きな「峠の我が家」なども典型例で、これはもともとはカンザス地方のカウボーイの歌だそうでブリュースター・M・ヒグリー(Brewster M. Higley)の詩にダニエル・E・ケリーという人が曲をつけたものだそうですが、日本ではまったく違う内容の歌詞で親しまれています。

     まず、ヒグリー作の原詩はこんなものです。
    Oh, give me a home where the buffalo roam,
    Where the deer and the antelope play,
    Where seldom is heard a discouraging word
    And the skies are not cloudy all day.

    Home, home on the range,
    Where the deer and the antelope play
    Where seldom is heard a discouraging word
    And the skies are not cloudy all day

    How often at night when the heavens are bright
    With the light from the glittering stars
    Have I stood here amazed and asked as I gazed
    If their glory exceeds that of ours.
     大意は、バッファローやアンテロープ(インパラなどを含む牛科の動物)が遊ぶところに家がほしい、がっかりするような言葉も聴こえて来ず、曇ってばかりじゃないところにというものですが、最後の一節では、星の光に輝く空は、私たちよりまさっているだろうか?という言葉に、開拓者の誇りのようなものが見えます。

     ところが、これが日本だと全然違う歌詞になります。例えば、昭和15年(!)に灰田勝彦が歌ってヒットした際の佐伯孝夫訳の歌詞はこんな感じ。
    なつかしや 峠の家
    木々の みどり深く
    朗らかに 人は語り
    青き空を 仰ぐ
    あゝ 吾が家
    帰りゆく 日あらば
    谷水に のどうるおし
    けもの追いて 暮さん
    (佐伯孝夫訳)
     あるいは、私たちが恐らく音楽の教科書でよく名前を見た岩谷時子さんの訳詞。
    あの山を いつか越えて
    帰ろうよ わが家へ
    この胸に 今日も浮かぶ
    ふるさとの 家路よ
    ああ わが家よ
    日の光かがやく
    草の道 歌いながら
    ふるさとへ帰ろう

    あの山を 誰と越えて
    帰ろうか わが家へ
    流れゆく 雲のかなた
    ふるさとは 遠いよ
    ああ わが家よ
    日の光かがやく
    丘の道 歌いながら
    ふるさとへ帰ろう
    (岩谷時子訳)
     これは訳詞とは言えない。原詩の意味を考えると、もう創作に近い。正直言うと、日本の詞はよく言えば文学的、悪く言えば感傷的で、何とも甘ったるい。

     しかし、私などは、どうもこの曲のメロディを思い起こすと、例えば岩谷さんの詞の方がしっくりくる。やっぱり日本人なのかな、本場のカレーや麺より、ライスカレーやラーメンを好む国民性を持っているのかなと思います。そもそも、バッファローやアンテロープなんて実生活で見ないし、星のきらめく夜の明るさと、自分とを比べるなんて発想はまったくありません。そんなことより、もうほとんど"Always 三丁目の夕日"の風景でも似合いそうな歌詞でこの曲を歌っていると、子供の頃、外で暗くなるまで遊んで家に帰る時の感覚が甦ってきます。

     私がこの歌を知ったのは、小学生の頃、「峠の我が家」を聴きたいからレコードを買ってきてくれと母に頼まれ、ロジェ・ワーグナー合唱団の歌う世界名歌集みたいなアルバムを買って聴いた時でした。そのアルバムの冒頭が「峠の我が家」だったのですが、歌は合唱ではなくて、合唱団の花形だったメゾ歌手サリー・テリーがギター伴奏で歌うものでした。



     ゆったりとしたテンポで、しみじみと歌われる歌は、それこそ岩谷さんの詩こそがふさわしいと思えるようなノスタルジックなもので、聴いているようで子供心にもその優しさが沁みわたるようで、母と一緒によくこの歌を聴きました。

     どうして母がこの曲を知ったのかは教えてもらえませんでした。灰田勝彦の歌が流行した頃は母は子供でしたから恐らく記憶にないでしょうから、恐らく、戦後、一時期所属していた合唱団で歌ったとか、高校の音楽教師だった伯父から教えてもらったとか、あるいは、歌声喫茶のようなところで歌っていたとか、そんなことがあったのでしょう。

     でも、私はそのことより、小学生の私の横でこの曲を聴いていた時、どんな気持ちで聴いていたのかを知りたい気がします。母一人子一人がようやく暮らせるほどの狭い家ながら、苦労して購入したマンションの一部屋を「わが家」として愛おしく思っていたのかもしれません。或いは、若い頃に家出同然で飛び出した故郷の実家を思い出したのかもしれません。或いは、その両方の思いが交錯していたのかもしれない。母が亡くなった今となってはそんなことは聞き出せないのが残念ですが、ともかく、そうやって「峠の我が家」という歌は、母の人生の中で大切な「心の歌」だったことは間違いないと思います。母は音楽に関してはまるっきり知識はなかったのですが、そうやって自分の生活に引き寄せて音楽と親しむことができる人だったのだから、とても「生きた」聴き方ができる人だったのだなあと考えています。

     サリー・テリーの歌う「峠の我が家」はCDでは買っていなかったし、もともとのLPも実家を引き払う時に売り払ってしまったので、長く聴くことができなかったのですが、最近になってEMIから"American Classics"の一環として"Songs Of The American Land"というアルバムタイトルでCD化されたので久しぶりに聴くことができました。

     サリー・テリーの歌う「峠の我が家」「レッド・リヴァー・ヴァレー」はそれこそ耳にタコができるくらいに聴いたものだったのでとても懐かしかったし、テリーの声の優しい耳触りには改めて魅せられてしまいました。例えば、ジョーン・バエズとかジュディー・コリンズといったフォーク畑の人の歌よりはクラシック寄りだけれど、かといってクラシック専門の歌手よりもずっと人懐っこく親しみやすい歌なので、とても不思議な位置にある歌ですが、そのボーダー感がとても私には心地良くて大好きです。このアルバム、アメリカのいろんな歌が収められていて、中には辟易するくらいに脳天気な歌もあれば、魂を揺さぶるような黒人霊歌(時には母のない子のようになど)もあって、船酔いしそうなくらいにバラエティーに富んだ選曲ですが、その多様性と、漲る楽天的パワーこそがアメリカという国の文化を象徴しているのかもしれません。

     震災では多くの人が津波で「我が家」を失い、今も避難生活を余儀なくされています。放射能汚染を怖れて避難している人たちもたくさんいます。復興元年の今年、少しでも多くの人が、少しでも早く、自分の「我が家」を取り戻す、いや、取り戻せなくても見つけることができるようにと祈らずにはいられません。そのためにも私は私なりに、今できることを精一杯やろうと思います。


    ・峠の我が家 トーリ・エイモス(Vo)

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    2018.10.21 Sunday

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      コメント
      そういえば、サリーテリーがネットにのているかな、と探してこの記事を拝見しました。「峠の我が家」は中学生のとき、ラジオの基礎英語?で初めて聞きました。その後高校生か大学生のとき、アメリカのフォークソングのレコードを探していて、サリーテリーに巡り合いました。独特の魅力ある声に感動して、「峠の我が家」だけでなく、「レッドリバーバレー」や「寂しい草原に埋めてくれるな=The lone prarie〕などは何度も聞いたものです。私が英語が好きになった大きな理由のひとつかなとも思います。あらためて、この解説を読ませていただき、その当時、辞書を引きながら意味を知ろうとしたことが思い出されます。感動を共有できる人が世の中にいるということで何かうれしくなりました。
      • by kiyoka
      • 2016/06/10 5:16 PM
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