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【私のシューベルティアーデ・156】シューベルト/ピアノ作品集 -3 〜 イリーナ・メジューエワ(P)

・シューベルト/ピアノ作品集 -3
 イリーナ・メジューエワ(P)(若林工房)
 →詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)




<<<曲目>>
・2つのスケルツォ D593
・ピアノ・ソナタ第13番イ長調 D664
・楽興の時 D780
・ハンガリー風のメロディ ロ短調 D817
・ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D959
・メヌエット イ長調 D334

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 今日は、私の娘の小学校の卒業式でした。娘だけでなく、これから新しい世界へと羽ばたこうとする子供達の姿には、無条件に感動してしまいます。

 ただ、一つ気がついたのは、卒業生たちが皆、結構似通った服を着ていたことです。ほとんどの子たちが紺のジャケットに白のブラウス、下はグレー系のチェック柄の丈の短いスカートに身を包んでいて、皆、AKB48のメンバーに見える。就活に励む大学生が皆同じようなリクルートスーツ姿を着ているのと似た状況。私が小学生だった昭和の時代ならいざ知らず、この豊かな時代にあっても皆似たようないでたちになるということが私には軽い驚きでした。卒業式という厳粛なハレの場に派手な恰好は場違いであるという感覚が働いて、どうしても無難な服装になってしまうのでしょう。

 しかし、ある親子だけは違っていました。(断じて私たち親子ではない)娘さんはバリバリのゴスロリ・ファッション、そしてお母さんは超ミニスカート。その娘さんが入場して来た時は、思わず会場がざわめいたくらい。

 私も目を疑ってしまいました。私は心の中で叫びました。彼女らが目立ちたいという気持ちは分かるのです。他人の注目を一身に浴び、称賛されたい、その気持ちは分かる。でも、なんでその服なの?なんでその色に、そのフリフリなの?と。そう、その服のセンスに同意しかねたのです。

 その時、思わず私の頭の中に「承認欲求」という言葉が浮かんできました。有名なマズローの自己実現理論(欲求段階説)で定義された言葉。人間には基本的な欲求が大きく5つある。「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」。このうち「承認欲求」には低次のものと高次のものがある。低次のものとは、他人から評価され承認されたいという欲求であり、高次のものとは他人からの評価よりも自分自身の内的な評価によって満たされる欲求。




 卒業式で、他人の目を引く衣装を着てきたその親子の中にあったのは、低次なのか高次なのか。恐らく、いや、間違いなく低次のものであるに違いない。何となれば、高次の欲求から出た選択なのであれば、式の前後ではしゃぎ回り、他の生徒や親に服を見せびらかすような行動はとらず、ただ「自分さえ満足できていればいい」と泰然としていたに違いない。もしも、周囲が彼女らの服装について誰も注意を払わなければ、彼女らはそれを不満に思って何らかの行動に出たはず。だから、間違いなく低次の「承認欲求」を満たすための行動だったに違いない。

 では、高次の「承認欲求」って何だろう?と考え込んでしまいました。その時に頭に浮かんだのは、つい最近聴いたイリーナ・メジューエワの弾くシューべルトのピアノ作品集のCDのことでした。

 メジューエワが録音・リリースを続けているシューベルトのピアノ作品集は、第3集に到達しました。今回収録されているのは、ピアノ・ソナタ第13番と第20番、そして楽興の時、ハンガリー風のメロディ、そしてメヌエット。2011年の7月と11月に、いつものように富山県魚津市の新川文化ホールで収録されたものです。

 彼女の演奏は、まさにこの高次の承認欲求を満たしたものであるに違いありません。Wikipediaからの引用になってしまいますが、この承認欲求とは、 「自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。」とあります。

 どの曲も、自らにレベルの高いハードルを課し、厳しい自己批判を経て彫琢と吟味を重ねた末に生まれた演奏であることが、あらゆる音から伺い知ることができます。そして、そこには、決して他の人と違うことをやって聴き手の注意を引き、驚かせたいとか、自分の優越を他人に知らしめたいとか、あるいは、本人が自己設定したキャラクターを周囲に押し付けてしまおうとか、周囲からすると嘲笑の対象でしかなく、時にハタ迷惑でしかない「思惑」なんて、かけらもない。

 そんな高次でストイックとさえいえる高次元の欲求を自ら意識して追求することはかなりリスキーなことです。なぜなら、この欲求が満たされない場合には、往々にして劣等感や無力感などの感情が生じることがあるから。しかし、メジューエワというピアニストは、あえて自らを高みへと駆り立てて、ひたすら音楽の核心へと入っていく。

 その結果出てきた音楽には、イリーナ・メジューエワという人の内にあるはずの「エゴ」はもはや存在しないかのように思えます。ただひたすら無私を貫き通し、音楽そのもの、あるいは作曲者の心そのものに同化しようとする態度を感じます。すると、私の中では、「メジューエワの弾くシューベルトを聴いている」という感覚を忘れてしまい、ただ「シューベルトの音楽を聴いている」という実感しかなくなる。

 ではそれが没個性な優等生的な演奏かというとそれは断じてあり得ない。私がこれまで実演やCDを聴いて知っている彼女の音楽家としての「属性」を感じさせるような表現にはたびたび出会うのですが、それは、彼女が「自己設定したキャラクター」に由来するものではない。その「表現」はシューベルトの音楽を引き出すためにどうしても必要なものなのだと感じてしまうのです。

 だから、CD2枚分、「ああ、これがシューベルトの音楽だ!こういう音楽を聴きたいんだ!」という心の高揚をずっと感じ続けながら、私はまさに至福の一時を楽しむことができます。特に2曲のソナタは出色で、もう言葉にするのももったいない(というか私の力では不可能)くらいに、聴くたびに幸せな楽興の時をプレゼントしてもらえます。持ち前の美しくて芯のある音色や、少しメランコリックな色合いを帯びた美しいカンタービレに加え、ベートーヴェンやリストの録音を通じて体得したに違いない頑強な構築力がこれらのソナタの持つべき豊かな内容が存分に伝わってくるからです。楽興の時やハンガリー風のメロディ、メヌエット、スケルツォ、いずれの小品も同じように素晴らしい。3作目にして、メジューエワはもうシューベルトの音楽の「奥義」に到達してしまったのかと呆然としてしまいました。

 それにしても、メジューエワという人は、どうしてこんな風に、シューベルトであろうと、ベートーヴェンであろうと、その作曲家の作風に最も相応しい表現力を身につけることができたのでしょうか?ここまで作曲家ごとにアプローチを柔軟に変えてしまえる人は、他にそんなにいるようには思えません。彼女自身の資質なのか、あるいは彼女の師であるトロップの影響なのか、またはそれこそがロスア・ピアニズムの伝統なのかは分かりません。とにかく凄い、恐るべきことだとしか言えない。

 彼女は、もう「承認要求」なんていうレベルを通り越して、欲求の最高段階である「自己実現」を目指し、それに到達できつつある「自己実現者」であるのだと私は思います。そんな風に「自己超越」できる人は、そうそうたくさんいる訳ではないので、メジューエワという人がいかに優れたピアニストであるのかを、この演奏をもってまざまざと思い知ったという気がします。いや、ほんとは、そんな小難しいことなんかじゃなくて、私をこれほど幸せにしてくれるシューベルトの演奏というのに尽きるのですが・・・。

 冒頭で記したコスプレ親子のこと、私は非難するつもりはまったくありません。我々に執拗に「承認」を求めない限りは、自分たちさえ満足がいくのならそれはそれで全力で尊重します。ただ、私の生き方としては、メジューエワのように、承認欲求というエリアから脱して自己超越をめざす人間になりたいので、その親子とは違う道を歩みたいと思うし、娘にも私と似た考え方をしてくれると嬉しいなあと思います。

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  • 2017.08.16 Wednesday
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