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【ディスク 感想】ショスタコーヴィチ/交響曲第2,15番 〜 ヴァシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル

・ショスタコーヴィチ/交響曲第2,15番
 ヴァシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル(Naxos)
 →詳細はコチラ(HMV/Tower)





 ナクソスの新譜、ヴァシリー・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルによるショスタコーヴィチの交響曲チクルスの第7弾、交響曲第2番と第15番を聴きました。

 このところ、ショスタコーヴィチの交響曲第2,3番に素晴らしい演奏が立て続けに登場しています。ゲルギエフ、ウィッグルスワースらの両曲の演奏、そしてこのペトレンコが指揮した第3番は従来のこの曲のネガティブな印象を一瞬にして吹き飛ばしてしまうくらいのインパクトがありました。中でもペトレンコの第3番の面白さは抜群で、この曲を「駄作」とまで思っていた私は、今まで何を聴いてきたのだろうと思わずにはいられないほど。

 そして、ここに来て、ペトレンコの第2番のリリース。きっと面白いに違いないという予想を、遥かに上回るような鮮烈な演奏でした。あのウルトラ対位法に象徴されるような、この曲のもつ音響的なアイディアの面白さ、楽想のユニークさを、もうこれ以上は無理じゃないかというくらいに実感させてくれる。いろいろなものがものすごい勢いで音楽の向こう側から、次から次へと、そう、まるで3Dテレビを見ているかのようにどんどん飛んできて、必要ないのについついよけようとしてしまうくらい。これくらい面白ければ、例のサイレンの音なんて別に必要ないというくらい。「レーニン!」のシュプレヒコールだって、ただの「素材」として扱っていい。それくらいに面白い。ペトレンコは、一体どうしてこの曲からこんなに面白いものをたくさん引き出せるのだろう?と思わずにいられません。

 聴いていて思いました。これは絶対何かの陰謀に違いない、と。ロシア革命の成就から何年か経っての記念として書かれた音楽、特にソ連崩壊後には世界的に「黒歴史」として葬り去られようとしていた音楽に、これほどまでに魅力的な演奏が立て続けに出てくるのは、きっと誰かの、何かの陰謀に違いないと。

 あのさ、あんたたち、市場原理に支配された資本主義社会には疲れたろ?競争ですべての物事の白黒つく社会なんて御免だろ?自由が大事だと言うが、そんなもの野放図な自由がはびこったら国家なんて成り立たないだろ?

 ほら、このショスタコーヴィチの希望に満ちた音楽を聴いててごらん!こんなに生き生きと共産主義国家の樹立を喜び、人差し指を希望に満ち溢れた輝かしい未来に向け、力強い一歩を踏み出そうとしている人間の音楽は何と魅力的に聴こえることか?

 マルクス=レーニン主義なんてもう既に終わったイデオロギーだと思うかもしれない。でも、そんなことはない。今、再び資本論に注目が集まっているし、数年前には「蟹工船」ブームだってあったじゃないか。スターリンは悪人だったかもしれないけれど、レーニンは偉大だったのだ。

 もうそんな血で血を洗うような非人間的な社会なんて見切りをつけて、こっちに来なよ。一緒に本当に人間が人間らしく生きられるような豊かな社会を作ろうじゃないか!革命だ!立ち上がれ!

 とか何とか、ペトレンコのショスタコの2番を聴いていると、どこかからそんなアジ演説が聴こえてくるような気がしてしまう。ああ、ロシア革命から端を発した共産主義革命が失敗したことこそ、実は我々人類の最大の失敗なんじゃないだろうか。

 というような不安にかられてしまうのです。これは何か私たちの現状の社会を全否定し、すべてを破壊して作り直そうとしている人たちによる陰謀で、実はこのCDの音声には、サブリミナル的にさっき書いたような「囁き」が紛れ込んでいるのでは?と思わずにいられないのです。

 一体誰?そんな細工をしてまで私たちに蜂起を呼び掛けようとしているのは?というところから、この名演の裏の「陰謀論」に思いを致してしまったという訳です。

 しかし、続く第15番を聴いていると、実は、そんな「陰謀論」などは存在しないことがはっきりと証明されます。

 なぜか。

 第15番にはよく知られているように「ウィリアム・テル」序曲や、「ニーベルンクの指環」「トリスタン」などの露骨な引用がありますが、実は、自作の交響曲第2番からの引用もあります。そう、第1楽章では、第2番の最大の聴きどころの一つ、あのウルトラ対位法の場面が、かなり簡素化されて再現されるのです。

 つまり、ショスタコの最後の交響曲には、最晩年を迎えた作曲者が「革命その後」を描いた音楽という側面もある訳です。自分が信頼していた社会から突然「人民の敵」と名指しで批判され、その後はいつも粛清に怯えつつ、自己批判と妥協を繰り返して延命を計らなければならなかった作曲者の苦々しく哀しい思いが痛烈に伝わってくる。

 ペトレンコが、従来のこの曲の演奏よりも一回りも二回りも若々しく、瑞々しい感覚に満ち溢れた生き生きとした音楽として聴かせてくれているので、そうした苦々しい思いをさせてきた社会への憤懣や疑念が、もう痛いほどに強く伝わってくる。

 かなりゆっくりしたテンポで演奏されたフィナーレのクライマックスの凄まじさは、ついに爆発した積年の怒りともとれるような破壊力。ラストのあの交響曲第4番の引用と思しき打楽器によるチャカポコは、社会の傲慢が導いた絶望的な破局を描いているかのよう。

 聴いていてこう思いました。

 この市場原理社会も嫌だけれど、やっぱり自分はソ連に生まれなくて良かった。共産主義なんて結局は夢。資本主義もそろそろ耐用期間が切れてきそうだけれど、まだまだ何年かは持ちそうだ。ああ、危うく、陰謀論の存在を信じそうになっていた。危ない、危ない。

 でも、変だ。何だか。すっきりしない。やっぱり何か私の耳に囁きかける影の声が存在するように思えてならない。この音楽の裏に陰謀論はないと思わせておいて、実はそう思わせること自体が陰謀だったのではないだろうか?という疑念が頭をもたげてくる。うーむ、もしかしたら、やっぱりこんな感じの陰謀なのだろうか?

 ほらね、もう共産主義なんて夢は完全に終わったんだよ。やっぱり資本主義だよ、ほんとに生き残れるのは。ショスタコーヴィチみたいな人生、送りたくないだろ?日常品や食糧を買うのに行列したくないだろ?自由にモノ言える社会がいいだろ?外国にも自由に行きたいだろ?

 ショスタコの交響曲第2,3番の復権は、実は資本主義陣営からの陰謀なのかもしれない。考え始めたら、眠れなくなるのでありました。地下鉄はどこから入れたのか?と同じくらいに難しい・・・。

 おしまい。

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  • 2017.08.16 Wednesday
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