Langsamer Satz

クラシック音楽のことなどをのんびり、ゆっくりとお話したいと思います
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【演奏会 感想】小林研一郎指揮東京都響 第744回定期演奏会(2012.11.19 東京文化会館)
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    ・小林研一郎指揮東京都響 第744回定期演奏会
     店村眞積(Va)
     (2012.11.19 東京文化会館)








    <<曲目>>
    ・ベルリオーズ/交響曲「イタリアのハロルド」(店村眞積(Va))
    ・ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」


    ---

     東京文化会館で都響の定期演奏会を聴いてきました。指揮は小林研一郎、曲目は、ヴィオラに都響の特任首席奏者の店村眞積を迎えてのベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」、休憩を挟んで、ベートーヴェンの「田園」の2曲。

     ベルリオーズを聴き始めて、耳を疑いました。とても懐かしい響きが聴こえてきたからです。どんな響きかというと、アンサンブルの精度は高いのだけれど、音色が単彩でのっぺりしていて、ちょっとパサついて乾いた印象の響き。もちろん、豊かさよりもクリアさに特徴のある東京文化会館のアクースティックゆえの印象でしょうし、ベルリオーズの書法によるところもあるのかもしれませんけれども、あまり吟味された形跡のない無造作な音が羅列されているように私には思えました。

     でも、思えば、80年代後半から90年代初頭、私がまだ20代の頃の若杉時代の都響って、こういう音がデフォルトだったのでした。きっちりと折り目正しく演奏しているのだけれど、いかんせん、響きが味気なく、音色に魅力が乏しい。決して退化した訳ではないのです。やっぱり「あの頃」の都響よりは全然巧くなっているのです。個々の奏者の技量は上がり、アンサンブルの精度が上がっているのははっきりと見て取れる。でも、ベルリオーズで聴く都響は、ここ数年の都響の演奏とは明らかに何かが違い、昔の都響を彷彿とさせる音楽を聴いているように思ったのです。そんな都響の音に影響されたのかどうか分かりませんが、店村さんのヴィオラのソロは細部の詰めが粗くなったり、音程も少し不安定だったりして、ちょっと精彩を欠いていたような気がしました。
     
     これは一体何?と考え始め、私の中ではっきりした印象を結ばないうちに、曲があっという間に終わってしまった。いや、正直言ってしまうと、一楽章の終わり近辺から、第4楽章中ほどくらいまで気絶していたのでした。ですから、この演奏がどうだったかということはほとんど言えなくて、ただ、昔の都響を聴いているみたい、という不思議な印象だけが残りました。第4楽章のコーダなど白熱した演奏になっていただけに、ちゃんと聴けていていれば、もっと好印象を持てたかもしれないのにと、不覚にも寝落ちしてしまったことが悔やまれました。

     せっかく好きな曲の実演を聴ける貴重な機会だったのにと自分に対するふがいなさを感じつつ、休憩時は文化会館の外に出て、ひんやりした風にあたりました。もう冬みたいだなあと思いながら、ふらふら歩いているとだんだん目が覚めてきたので、心を入れ替えて休憩後の「田園」に臨みました。

     そして、私は、小林/都響のベートーヴェンを聴いていて、ちょっと居心地悪く感じました。それは、演奏の質が悪かったからではありません。オケは、ベルリオーズが終わって、多分、舞台裏で円陣でも組んだのでしょう(ウソ)。見違えるように豊かな音色を持った、とても充実した響きを聴かせてくれていました。そして、指揮者の意図を十全に反映しているに違いない個性的な表現を、実に高い精度のアンサンブルでこなしていて、指揮者とオケの共同作業という観点ではとてもレベルの高い演奏だった。

     ではなぜ私がムズムズしてしまったか。

     まず第一に、小林の指揮するベートーヴェンは、私の感覚では、「相田みつを」的ベートーヴェンに感じられたから。

     どういうことかというと、ベートーヴェンの音楽の中にから感動的で含蓄のある「格言」「箴言」のようなものを抽出し、それを、一言一言、ゆったりと、丁寧に、克明にしゃべるようなものに聴こえた。相田の詩よりは言葉遣いはもっときれいなのですが、言っている内容はまさに相田みつをワールド的。例えば、こんなやつ。

     うつくしいものを 美しいと思える あなたの こころが うつくしい
     いのち いっぱい じぶんの 花を
     歩くから 道になる 歩かなければ 草が生える
     しあわせは いつも じぶんの こころが きめる
     一生 感動 一生 青春
     ベートーヴェンの「田園」を聴いているはずが、なぜか相田みつをの詩を読んでいるような錯覚に陥ってしまいました。私は、相田みつをってあんまり得意じゃないんです。読んでいてムズムズしてしまうのです。恥ずかしくて。

     そして、指揮者とオケが、その「相田みつを的ベートーヴェン」を、全身全霊、心をこめ、謙虚に、そして感動に打ち震えながら、誠実に音にしているのを聴くのは、もっともっと恥ずかしくて照れてしまったのです。こりゃかなわん、と。

     そして、居心地悪く感じた理由の第二は、これが「ガラパゴス的ベートーヴェン」だったから。

     今日の小林/都響の演奏する「田園」は、ここ20年くらいのベートーヴェン演奏の潮流などまるでなかったことにしているようなオールドスタイルな演奏でした。例えば、今年私が聴いた、ロト/南西ドイツ放響やヘンゲルブロック/北ドイツ放響、そしてノリントン/N響の演奏するベートーヴェン(いずれも「英雄」)や、最近私が深く感銘を受けたブリュッヘン/18世紀オケの演奏、つまり、ピリオド奏法を駆使した古楽アプローチによる最先端の演奏とはまったく立脚点が異なる。また、ティーレマンやバレンボイム、プレトニョフのように、20世紀初頭の巨匠風のアプローチをとって問題提起するような戦略的な演奏ともありようが違う。

     管楽器こそ楽譜通りの二管編成でしたが、弦楽器は結構な大編成。弦楽器奏者は、皆ヴィブラートをかけて弾き、曲が盛り上がる場面では指揮者も左手を震わせて大きなヴィブラートを要求する。テンポも巨匠風のゆったりしたもので、時折、驚くようなルバートをかけて重要な主題や動機を強調する。勿論、それらはメンゲルベルクのような芝居がかったものではなく、噛んで含めるような丁寧な音の運びの中でおこなわれるちょっとしたデフォルメなのだけれど、昨今の快速ストレートでタテノリな演奏に馴染んだ耳にはなかなか刺激的ではあります。

     今、世界中を見渡して、こんなベートーヴェンはもはや希少価値。しかも、前述のように、昔風のスタイルの演奏をする指揮者たちの確信犯的な演奏と違い、まるで世間の流行とは関係なく小林が「我が道を往く」的に頑なに守り通してきたベートーヴェンの演奏スタイル。心からの信念をもって「グローバリズムよりガラパゴス」と高らかに宣言しているような演奏。

     いや、ここまで徹底すれば凄いとは思うのですが、私自身、ベートーヴェンの音楽というのは古今東西の音楽の中でももっとも普遍的な価値をもつものだと常日頃思っているので、こんな超ローカルな方法論で対峙するのってちょっと違うんじゃないかと思ったりするのです。これはこれでなかなかに面白いところも大いにあって、この「田園」を代表例として挙げ、日本が音楽未開国であるかのように卑下するつもりもないのですが、かと言って、この演奏を「COOL JAPAN」とばかりに海外に持って行ったところで、「相田みつを的ベートーヴェン」の良さ、面白さが通じるのだろうか?とふつふつと疑問が湧いてくる。そうなると、どうしても私は体がムズムズしてしまうのです。

     そして、この「相田みつを的ベートーヴェン」という切り口でベルリオーズの演奏を思い返してみると、私が懐かしいと感じたのは、もしかしたら相田みつをの「平仮名的な音」なのかもしれないと思い当たりました。子音を丸く柔らかく発声し、母音の響きを主体にして音楽を作り上げていくようなさま。その「日本的」な響きを久しぶりに聴いたのではないか。それは欠点とばかりは言えなくて、平明でわかりやすい表現となり、耳あたりのよい音として聴こえてくるのですが、ベートーヴェンやベルリオーズという革新的な音の世界を切り開いた作曲家の作品にとって、それが必ずしもプラスに作用するとは思えないのです。なので、「懐かしい」という感慨には、恐らく私の中で結構ネガティブな意味合いがあったのだろうと一人で合点してしまいました。音楽のことなんて何にもわかってないくせに生意気な。

     まあ、そんな固いこと言わず、オケ全体の出来や、個々の奏者、パートのソロの巧拙、指揮者とオケの共同作業のあり方などを個々に見ていけば、全体にとても質の高い演奏だったとは言えるのでしょう。もっとオケのサポーター的な視点から聴かないと、今日の演奏の真価は本当には味わえないのかもしれません。けれど、私自身はこのムズムズに打ち勝つことは結局できませんでした。まったく音楽の楽しみ方が分かっていないということの表れなのでしょう。

     そして、感動的な箴言に満ちた、感動的な身振りのベートーヴェンを、音楽の外側に身を置いて冷やかに聴き、終演後、まったく疲れも見せず舞台を走り回って多くの楽団員と握手し、大きな声で何かを言いながら各パートの人たちを立たせ、自分は決して指揮台の上には上らず、謙虚な姿勢で客席からの拍手に応える指揮者のハートフルな振る舞いを、楽団員が照れ笑いしてるよとニヤニヤしながら見ている自分が、貧しくてさみしい、汚れちまった人間であるようにさえ感じてしまった。私にもあったはずの、あの純真な感動する心を、どこへ、そして、どうして置いてきてしまったのだろうと、がっくりうなだれてしまいました。

     と、自分に対して、何ともふがいない気持ちを抱きながら演奏会場を後にしました。まあこういうこともあるさ、と開き直りたいのですが、それでは面白くないので、田畑智子が艶っぽい演技をしているらしい映画「ふがいない僕は空を見た」でも観に行きたいと思います。

     結論。ガラパゴスだっていいじゃない。人間だもの。みつを
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