気になる演奏家 その7 〜 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

2008.07.07 Monday

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     最近のエントリーで何度も取り上げてきた、フォルテピアノ奏者トゥルーデリーズ・レオンハルトさん。彼女は、今私にとって最も気になる、そして最も「身近な」音楽家です。

     前回のエントリーでも書きましたが、今回のお話は、音楽之友社「クラシック名盤大全」というムックで喜多尾道冬氏が激賞されていた、レオンハルトさんのシューベルト全集の第3巻(Jecklin)を中古ショップで偶然入手したところから始まります。

     噂に聞きし演奏の素晴らしさに驚いた私は他のディスクも聴きたくなり、オンラインショップで、Jecklinの全集第2巻(第19,21,13,17番所収)と、GLOBEから出たばかりの第21番のディスクの入手の手続きをとりました。しかし、どちらも3ヶ月以上も音沙汰がなく、特にJecklinの方は一方的にオーダーがキャンセルされてしまいました。GLOBEの方も入荷の見込みがないとのことでしたのでこちらからオーダーをキャンセル。

     あきらめずに検索したらGLOBEの第21番の方は、私が愛読しているブログ「ユビュ王の食卓」さんでも時折紹介されるPresto Classicalで売られているのを突き止めてオーダー。3ヶ月以上も待たされたのが嘘のようにオーダーして僅か1週間で我が家にCDが到着、再び彼女の演奏に感銘を受けてブログの記事を書いたというわけです。

     となると、Jecklinの全集の残りを何とか入手したいという気持ちが強くなっていったのは言うまでもありません。彼女がシューベルトの他のソナタをどんなふうに演奏しているのか、21番の旧録音はどんな演奏なのか、興味がどんどんふくらんでいきました。

     そんなある日、久し振りにある音盤屋へと足を運び、シューベルトの器楽曲コーナーを覗いてみたところ、何とJecklinの第1巻と第2巻が置いてあるようなのです。夢でも見ているのではないかと手にとってみたら、第1巻は確かに私の欲しかったJecklin盤そのものでした!!残念ながら第2巻の方は、音盤屋がCDにつけていた日本語表記のオビの表示と中身が別のものになっていて、現物は在庫切れとのこと。でも、私は喜び勇んで第1巻を意気揚々とレジへ持参。ウキウキした気分で家に持って帰り、むさぼるようにして待望のディスクを聴きました。これもまた素晴らしい演奏。第20番など、私が今まで聴いてきた演奏の中でも特に心に残るものでした。

     さてこうなると残る第2巻を何としても入手せねばと半ば強迫観念のような思いにかられ、私は一大決心をしました。レオンハルトさん自身が主宰しているホームページから直接CDをオーダーしようと。そして、慣れない英文でのメールで、Jecklinの第2巻がまだ入手可能かどうかを問い合わせました。当然、実質マネージメントが運営しているのだろうと思い、書き出しは「管理者さま」と書きました。

     返信は次の日に早速戻ってきました。件のCDはまだ在庫があること、そして、5月にGLOBEから新盤が出たことがメールに書かれてありました。嬉しくなって両方オーダーすることにしましたが、文章を読んでいると、それはマネージメントの人間などではなくレオンハルトさんその人が書いたとしか思えない文章でした。当然、署名も"Trudelies Leonhardt"と書いてあります。その後、送金(クレジットカードが使えない)の手続きのことで何度かメールのやりとりをしたのですが、ああ、私はこのレオンハルトさんその人とやりとりをしているのだと理解しました。送金方法がよく分からずに苦労している私にとても丁寧にやり方を教えてくれたり、とても親切な方だなあと嬉しくなりました。

     そして最初のメール送信から10日経ち、レオンハルトさんから待望の小包が届きました。GLOBEから出たばかりの17番のディスクと、Jecklinの第2巻のディスク。感想はつい最近書いたばかりです。どちらも私に「生きる喜び」を与えてくれる素晴らしい演奏でした。

     小包に丁寧に梱包されていた2つのディスクの間に、一枚のカードが挟まっていました。そこにはレオンハルトさん直筆で「音楽を楽しまれますように」と英語で書かれていました。この素晴らしい音楽を奏でている人その人自身と、国境を越え、海を越え、直接触れ合うことができているのだと思うと嬉しくてたまらず、CDを聴きながら何度もカードを見返してはそのあたたかさを確認していました。涙が出そうなくらいに熱い思いがこみ上げてきました。音楽は、人と人の心をつなぐものなのだなあということをひしひしと感じることのできた瞬間でした。

     レオンハルトさんがこれからもお元気で、GLOBEへのシューベルトの作品集の録音を続けてくれることを私は心から希望します。そして、何よりも素晴らしい音楽を聴かせてくれたことに心から感謝したいと思います。彼女からの情報によると、秋には舞曲のみを集めた新盤が出るそうです。今から楽しみでなりません。

     なお、レオンハルト女史のHPはコチラです。

    私のシューベルティアーデ(43) 〜 T.レオンハルトのピアノ・ソナタ全集

    2008.07.06 Sunday

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      ・シューベルト/ピアノ・ソナタ全集
      Vol.1:ピアノ・ソナタ第20,14,16,18番


      Vol.2:ピアノ・ソナタ第19,21,13,17番

      Vol.3:ピアノ・ソナタ第5,7,4,9,6,3番

      トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp) (Jeclkin)


       続けて今回もT.レオンハルトのシューベルトです。今度は、彼女が1980年代にスイスのレーベルJecklinに録音していた「全集」。全部でCD6枚、計14曲が演奏されています。このうち第3巻は今年の1月に入手してこのブログでも感想を書きましたが、最近になって全3巻がめでたくすべて入手できたのです。入手がなかなか難しかったことなどもありとても嬉しいのです、私は。GLOBEの第17番,第21番の再録音盤とともに、このところ毎日のように彼女のシューベルトを繰り返し聴いています。

       そもそも、私がレオンハルトのシューベルトに興味を持ったのは、ドイツ文学者の喜多尾道冬氏が彼女の演奏を絶賛する記事を見たからでした。喜多尾氏の言葉をここで引用しておきます。
       レオンハルトの演奏は肉声の親密感と、いたわりに満ちたやさしさで心にふれてくる。内気ではあるが真実味のこもったシューベルトの人柄にふれる思いがする。
      (クラシック名盤大全 器楽曲編 音楽之友社)

       まさに氏のおっしゃる通りで、彼女の演奏からは「親密な肉声」が聴こえる、本当にそう思います。それは彼女が今も使い続けているザイドナー製のフォルテピアノの持つ音色の特色でもありますが、やはり彼女がシューベルトの音楽の奥底からシューベルトの心の声をちゃんと聴き取ることのできる豊かな感性の持ち主であるからだろうと思います。彼女の演奏が内包する何ともたおやかで、あたたかな時間の流れに身を任せることの幸せは何ものにも代え難いです。すぐ目の前でシューベルトその人が立って、親しげに話しかけてくれるかのようです。

       それから、レオンハルトの全集を一通り全部聴いてみて、彼女の演奏にはシューベルトの音楽に対するフレームワークのような「型」、つまりは独特の「様式感」が根底にあるように感じました。

       つまり、ソナタ形式の第1楽章は少しゆったりしたテンポで悠然と第1主題を奏でますが、第2主題では一度提示したものを脇においてぴたりと止まった時間の中に身をおいて沈思黙考する。特に第17、20番ではその傾向が顕著で、完全に歩みを止めた第2主題の歌の佇まいの「深さ」には心を打たれます。そして音楽はうろうろと逡巡を繰り返してアウフヘーベンのないソナタ形式がいつの間にか完結する。次に、じっくりと慈しむように弾かれる緩徐楽章を経て、独特の拍節感を持った「舞踏」のようなスケルツォが来る。彼女はシューベルトの小品に対しても並々ならぬ愛情を注いでいる人なので、音楽の根底にレントラーやメヌエットのリズムを感じ取っているのかもしれません。そうしてついに、広々としたテンポで奏でられるフィナーレが第1楽章とシンメトリーをなすように音楽のアーチを形作る。そこにはやはり独特のリズム感に乗ったアクセントがあり、少し骨っぽい印象を与える場面も多い。

       勿論、曲によって形式も異なりますし未完成の曲もある訳ですから、すべてがそうだというわけではありませんが、彼女がシューベルトの音楽を俯瞰して大きな本質として捉えた「語法」が全体に敷衍された結果、このような共通の「型」が見られるような気がするのです。そうしたシューベルトの音楽への深い理解(と共感)と、彼女が形作るしっかりした枠組みがあるからこそ、音楽が分析的になりすぎたり、神経症的に痙攣したような不健全な演奏になることなく、シューベルトの音楽の「深淵」を他の人には決して真似できないような「優しさ」をもって表現できているのだと思います。

       これらのディスクの入手にはいろいろと偶然があったり、苦労もありましたけれど、全部が揃って本当に嬉しいです。「私のシューベルティアーデ」の中でもとびきりの「クライマックス」に当たる出来事でした。

       しつこいと思われるかもしれませんが、レオンハルトについては、「気になる演奏家」の項目の中で再び書きたいと思っています。

      私のシューベルティアーデ(42) 〜 T.レオンハルトのピアノ・ソナタ第17番ほか

      2008.07.04 Friday

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        ・ピアノ・ソナタ第17番ニ長調D.850
        ・メヌエットD.91(ニ長調、ト長調)、336、380
        ・8つのレントラーD.378
        ・アレグレットハ短調D.915
         トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp) (GLOBE)


         オランダ出身でスイス在住のフォルテピアノ奏者、トゥルーデリーズ・レオンハルトがGLOBEに録音しているシューベルトの作品集については、以前第3集に当たる第21番のディスクについて感想を書きました。その後、引き続き5月に第4集が出たというので早速入手して聴いてみました。(入手に至った経緯は別の機会に詳しく書くつもりです。)彼女は以前Jecklinレーベルの全集でもこの曲を録音しているので、少なくとも2度目の録音となります。

         私は今、この演奏を聴いている時に感じた「幸福感」を、うまく言い表す言葉を見つけられないでいます。ゆったりしたテンポで慈しむように奏でられる音楽の、滋味に富んだ深い味わいをもった語り口の素晴らしさを、何と表現すれば良いのでしょう!

         躁状態とも言うべき劇性を求めるでもなく、深刻な身ぶりでことさら音楽を絶望の淵に追いやるでもなく、ただただそこでシューベルトの音楽が鳴り響いているだけ。でも、その音楽が、何と豊かな「言葉」を私に語りかけてくれることでしょう。何と優しく「生きる喜び」を感じさせてくれることでしょうか。第1楽章の冒頭の和音の豊かな響きを聴くだけでも「ああ、私は生きている!」と叫びたくなります。自分で淹れた珈琲を飲みながら第2楽章にこめられた歌を聴いていると、「今日も生きていられて良かった!」と思います。第3楽章のゆったりとした古雅な味わいも心がわくわくしますし、演奏によっては軽薄とさえ思ってしまう第4楽章が、実はこんなに豊かな味わいを持った音楽であることを、私はこの演奏を聴いて初めて知りました。と、こんな小学生のような稚拙な文章しか書けないくらいに、私は幸福な気持ちで彼女の演奏を聴いたのです。

         フィルアップの小品集も、メヌエットやレントラーも、どれも丹精こめて作られた手作りの味わいが素晴らしく、晩年の名作アンダンテの深沈とした趣にもとても感動しました。

         少なくとも20年以上も同じ楽器を大切に弾き続け、ずっとずっとシューベルトの音楽を探求し、そして美しく齢を重ねたレオンハルトだからこそできた、そして彼女にしかなし得ない演奏だと思います。彼女のこれまでの人生の様々な景色が、美しい模様となってその音楽を彩っているのでしょう。本当に素晴らしい演奏に巡りあえた幸せを、シューベルトを愛する友人たちとも分かち合えたらいいなあと思います。早く日本でも簡単に入手できるようになることを希望します。

         そして、こんな素晴らしい音楽があるのなら、明日もとにかく生きていたいと心から思います。Danke schoen, Frau Leonhardt !!

         それから最後に蛇足。
         レオンハルトの第21番が、7/3に日本のCDショップでも入荷したようです。どうかこの素晴らしい演奏が多くの人に聴かれますように。(HMV/Tower Records)そして、彼女が来日して演奏会を聴かせてくれますように!!

        ・ピアノ・ソナタ第21番、アレグレット&スケルツォD.566
        ・ソナタ第21番のためのスケッチ(第1,2楽章)
         トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

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